これは毎日のようにあちこちで言われていることで、Twitterをやっている人なら聞いたことがあるだろうが、とにかくAIの進歩が早すぎて、自分の職業であるプログラマーはもはや完全に置き換えられることが確実になった。
自分がITを仕事にしていこうと思って就職した当時は、そういう事があるにしても、少なくとも自分が引退する頃、60歳ぐらいまでは持つだろうと考えていた。しかしその予想は外れた。結果的には全然持たなかった。
上記記事では、
コンピュータがまたプロ棋士の次ぐらいにコンピュータ向きの仕事を奪うにはまた十年単位の年月がかかるだろう。
と予想して書いたが、実際には9年で他ならぬ自分が仕事を奪われた状態になっている。
24年末頃に会社を辞めようと考え始めた時点でも、すでにAIプログラミングの能力は非常に高くなりつつあり、近い将来、自分のレベルでは完全に抜かされるという確信があった。ダンプが爆進してくる道の真ん中に立っているという地鳴りのような感覚があり、「船が沈み始めたら祈るな飛び込め」というマネーの公理の格言を思い出さざるを得なかった。
自分は会社員としてもプログラマーとしても、常識的に考えて無能ではない。少なくとも日本人、あるいはサラリーマン全体の平均と比べればそうだ。しかし超一流どころか一流でもなく、せいぜい二流である。
たまたま良い時期に外資系のIT企業、つまりアメリカのシリコンバレー経済の端の端にうまく引っかかり、実力以上の待遇を受けられただけだと思う。
そこから一年ちょっと経った26年の現在では、コーディング作業においてAIは、ほとんどすべての人間のプログラマーを上回っているのではないかと感じている。聞く話でも、自分で実際にCodexやClaude Codeを触っている感触からもそう思う。
つまり、現時点で自分のプログラマーとしての人的資本の客観的価値は、ほぼゼロになったと考えている。
この状況で会社で働き続けるのが有利なのは経営者、管理職の側か、よりビジネス・設計に近い側である。つまりすでに部下を持ちながら、「こいつはAIに置き換えられるな」と徐々に他の人間を切っていく側だ。
自分はその側にはいないし、仮にいられたとしてもそれが楽しいとは思わない。自分はどちらかというとITのうち、ビジネスではなく、プログラミング・コーディング自体が好きな方の人間だったからだ。
もちろんそれでも会社にしがみつこうと思えば、もう2、3年、あるいは4、5年続けることも不可能ではなかったかもしれない。しかし、その間もAIは加速し続け、どのみち引退年齢までは到底持たない。時間の問題であり、焼け石に水である。
自分なら決して自分を雇わないと思える状況で会社にしがみつき続けるのは、詐欺に近いとさえ感じる。もちろん生活がかかっている以上、正義感だけで辞めたわけでない。
せっかく幸運のおかげで大多数の人間にはない経済的余裕とAI・ITに関する素養を併せ持っているのだから、幸運を祈りながら座して首切りを待つよりも、その拡張されたAIの力を使って、自分で挑戦する方が、人生全体で見て有利であり、同時に面白いと判断した。
別の記事で書くつもりの偶然の巡り合わせがなければ、25年1月時点で退職を決断していたかはわからない。ただ遅かれ早かれ似たような結果にはなっていただろう。
そして自分が持っている人的資本と金融資本のうち、人的資本が一方的かつ大幅に毀損したわけであるから、やはりこれも、労働による給与所得を収入の主軸とする、すなわちフルタイム労働をする兼業投資家であることを続けることよりも、フルタイムで投資に時間を使う専業の投資家(≒資本家)への転身を目指すことを後押しする要素になる。


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