ハイパーインフレと貨幣錯覚

 ベネズエラのハイパーインフレのニュースを見ていたら、

 のように高金利通貨のロングにハマってしまう人が多い理由のひとつに、広義の貨幣錯覚というか、名目数値へのアンカー効果が働いていることがあるのではと思うようになった。

 たとえばトルコリラの歴史的な減価を合計すると何百万分の1になっている、というデータがあるのだが「いやいや、あるものの価値が何百万分の1にもなるわけない。これは下がりすぎだ!」と直感的に判断してしまう人がいるのではないだろうか。

 しかし、貨幣の減価というのはそういうものではない。

 たとえ話として、財布の中から忘れていた優待券が出てきたとしようか。優待券の額面価値は、1枚で牛丼1杯とする。優待券の方を単位として表現すると、「牛丼価格」は優待券1枚だ。優待券が無期限の場合はそれでいいが、有効期限があったらどうだろう。

 有効期限が1週間後に迫っていたら、成り行き次第でもう使えないリスクがあるので、この券はもう牛丼1杯の値段では売ったり譲ったりできないだろう。0.7とか0.5掛けでないとだめなはずだ。券を基準にすると、牛丼価格が1.5枚とか2枚とかになっているということだ。

 さて、これが財布から発見されたのが有効期限の1日前だったらどうだろう。当然もっと厳しくなる。優待券から見た牛丼価格は3枚とか4枚とか、あるいはもっとだ。

 で、この推論は1日前で終わる理由は何もない。忘れている財布から優待券が出てくるのは、期限の1時間前でも1分前でも1秒前でもあり得る。さてさて、そのときの「牛丼価格」は?

 そう、優待券で表される適切な「牛丼価格」は、無効になる寸前には際限なく上がる。何百万枚にも何兆枚にもなる。無効になる瞬間は原理的には無限大だ。でもこれは何もすごいことじゃない。「優待券の価値がゼロになる」ということを「優待券本位」の数字で言い換えただけだ。

 この過程で現れるものすごく大きい数字は、ものすごい何かの存在を示しているわけではない。もうすぐ無になる何かを単位にして(≒ゼロを分母に持ってきて)いるから、数字のマジックとしてそう見えるというだけだ。

 この牛丼と優待券を、あらゆる実体経済と通貨に置き換えれば、ハイパーインフレの理解として、そんなに間違っていない。

 通貨の信頼がなくなり、もうすぐ通用しなくなることが予想されるとか、次に誰も受け取りたがらないだろう、というところまで落ちると、本当に明日期限を迎える優待券みたいな話になる。

 だからハイパーインフレの状態まで来たら、もうインフレ率が100万%だとか、1兆ジンバブエドル札ができた、とかいう数字(あげた数字は適当)自体には、全くといっていいほど意味がなくて、単に「通貨の信用がほぼゼロだ」ということにすぎない。

 ここでトルコリラの話に戻るなら、通貨の減価に当たっては、何百万分の一だろうが、何兆分の一だろうが、数字がいくつだからといって、下がりすぎという判断には使えないのだ。それは通貨の信用が本当に無になるときには無限大になる数字なのだから。

 そう思えないとしたら、経済的なことは通貨を単位とした数字で表現する以外にはないことによって、表面上の数字に縛られる現象、広義の貨幣錯覚でしかないと思うのだ。

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