現代日本のサブカルが特殊な地位にあることは論を待たないと思うが、私はこの特殊さは、一般に認識されてる以上に、はるかに特殊なものであると思っている。
現代日本サブカルの大きな特徴はその無国籍性だが、そもそもサブカルかメインカルチャーかに関わらず、文化というものは上から下に流れる。
これは、大元を辿ればステータスのある人の真似をしたいという人間本性に由来し、知りうる過去未来に渡っておそらく不変の原理である。
もちろん、そもそも芸術には時間物理両方の豊かさが必要という当たり前の事情もあるにしても。
そして、無国籍性≒コスモポリタニズムというのは、取りも直さず自国文化の軽視≒無視≒蔑視に他ならない。
日本でその条件を生んだ理由はもちろん第二次世界大戦前の国粋主義と敗戦によるその反動だが、
やはり人間本性から考えて、ある程度大きな国でこれほどの自国文化無視というのは、それ(大敗戦)ぐらいの要因でなければ起きえないと思う。
そして、先の上から下への原理で考えれば、ある程度世界をリードしうるようなカルチャーは、世界一とは言わずとも有数レベルの経済的豊かさ(質・量ともに)がなければ作れない。
要するに「無国籍性を特徴とするカルチャーで世界をリードする」というのは、シンプルに矛盾で、普通だったら絶対に成り立つわけがないのだ。
なぜなら「全面的な敗戦レベルの徹底的な破壊が起きたのに、世界一レベルの豊かさになっている」とほぼ同義だからだ。
ところが日本では、その普通に考えたら絶対ありそうにないことが起きた。
戦後復興・冷戦の過程で、国防をほぼ丸投げしたまま、人口動態が良い時期に、経済発展に邁進する状態になったからだ。
こんな条件は本当に滅多にあり得ないだろうし、この狭い地球の範囲では、二度と起きうるかどうかも怪しいレベルだと思う。


コメント