悪いのは監視ではなく権力の暴走

 「監視社会」と一言でまとめられてしまうから混乱するが、監視が増えるのは基本的に良いことである。ズルしようとしている人以外には。

 おそらく「監視」を悪い意味でのみ使う人は、その対極に「道徳」を想定しているのであろうが、元を辿れば道徳も相互監視から生まれるのだ。

 問題なのは監視が増えることではなく、監視者の権力に抑制が効かないことである。

 だから、アメリカの特定企業にデータと判断基準が委ねられてしまう状態は、自由社会でも問題になっているし、中国の政治制度に十分な権力抑制がないことは、AIがあろうがなかろうが、元々大問題なのである。(安全保障上の脅威より経済的利益が勝ると思われているうちは見て見ぬふりをされてきただけで。)

 近年の電子化・AI化は、確かに「監視」の絶対値を大きくしている。それが良い方に向かった場合も悪い方に向かった場合も、その影響を大きくしている。しかし、どちらの方向に向かうかは政治の問題であり、技術で決まっているわけではない。

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